北原進さんの工房


 北原さんの工房は実家の裏にある。元はお父さんの漆の工房だった。

 

 漆の部屋は6畳くらい。幅2間の室(むろ)と、天井の5本ものLED照明、きれいに掃除された様子がいかにもそれらしい。漆用の刷毛もお父さんから譲られたものを自分用に仕立てている。今では手に入りにくい、良い道具だ。

 北原さんはお父さんが亡くなるまでずっと一緒にこの場所で仕事をしてきた。彼が使う朱色の漆はお父さんが作った特別な色。今になってこの色はやっぱりすごいと気がついた。

 

 とまあ、地道な2代目風の北原さんだが、子供のころから木で物を作ることがとにかく好き。高校卒業後すぐに修業したのは漆ではなく木工だった。この部屋の隣、引き戸を開けると彼のこだわりの詰まった木工の作業場なのだ。

 

 実はこの工房は半地下のようになっている。道沿いにぎっしり連なった人家のすき間を通り抜け、石段を下りて入ったそこは、なんだかガレージのよう。床がコンクリートで、側面には石垣。扉はない。以前は座卓などを水研ぎする場所だったそうだ。

 

 湿気で刃物はすぐ錆びる。落とすと割れる。ホコリは漆の部屋に入ってしまう。荷物は移動しにくい。でもここは落ち着く。

 壁には整然と並んだたくさんの木工道具。旋盤以外の木工機械は皆とても小さい。手押しの幅はわずか150㎜しかない。でも「大型」機械はこれで十分。加工は電動工具を工夫して、最後はやっぱり手仕上げが一番。

 

 一方、十分すぎるほどそろっているのが平台鉋や鋸だ。漆の部屋のほうにまではみ出している。気になったらすぐに買ってしまう、一生使いきれないと語るその姿は、とても楽しそう。手工具だけではない、トリマーだって6台ある。修理用だそうな。鋸やノミの柄にはすべてていねいに漆を塗ってある。

 

 展示会で見る北原さんの作品は、お椀などの器や厨子が多い。趣味が高じて仕事になったにしては伝統的すぎる品ぞろえでは?

 「厨子はおもしろいですよ。指物や刳り物、時には旋盤の技法も複合した、いわば技術の集大成です。人の手が作り出したものにはその人らしさがあるんですよね。お椀一つとっても自分のものは他とは違うってはっきりわかります。」

 

 漆器の本場、木曽の土地でまっすぐ育った正統派の木漆工芸家。初めて訪れたこの工房の全貌はまだ私には見えていないのだろうが、北原さんが木工にも漆工にも夢中だということはよくわかる。

 

 

・思い入れのある道具は何ですか?

 

 木工の修業時代に初めて買った鉋とノミ。鉋は今では裏刃をはずして面取り用にしているが、どちらも現役。ノミの刃は最初は5㎝くらいあった。

 修業時代に鉋を3台つぶすほどテーブルの天板を(そして鉋刃をグラインダーで)削ったこと。木工の師匠に連れられて鉋を買いに行ったこと。とても切れるノミで手を怪我してしまったこと。道具の思い出はたくさんある。

 (2021.7.2取材 狐崎)