鍛治という言葉をきいて、どんなことを想像するだろう。
村の鍛冶屋は朝から晩まで炭でからだを真っ黒にして熱い火に鞴で風を送っている。
何だか良く解らない白い塩のようなものを赤い鉄に振り掛けて槌でたたいている。
薄暗い仕事場の中で何だか怪物のようだ・・・・・・。
どのような分野の仕事であれ、まず用途に適った形を思い描くことがモノを使う側にも造る側にも必要である。
われわれの日常生活、身の回りをみてみれば、何と多くの金属製品があふれていることだろう。
その中でも鉄を主体にした道具は日々その数を減ずる傾向にあるが、なにしろ近代文明は鉄の恩恵にこそ与って来たし、まだまだ鉄には助けてもらわなくてはならない様子。
細々とではあるが鉄を扱う鍛治も完全にすたれている訳ではなく絶滅危惧種のように各地に存在する。
その姿は目にすることが少なくなってきたが、だが鍛治はまだ居る。
切れ物に関係する仕事をしている者であれば誰でも鍛冶屋はどんな仕事をしているのだろうか?と、興味を持つにちがいない。
そのため少しだけその話をしてみようと思う。
農具に始まり家庭の台所用品、大工道具、家具の道具、はては、本来的には人の殺傷を目的とする刀まで、形を造るためには作業順序を決めておかなくてはならない。
時代の変遷と共に刀鍛治が道具鍛治に移行した経緯もあるが、刀は製法が特殊であるため、今回は省略する。
剣鉈を例として造ってみたいと思う。
剣鉈とは普通の鉈とは違い片刃造りではなく地鉄(軟鉄)を割って中に鋼をはさみ、両側から切刃を保持しつつ先端は刀様に尖らせた山鉈で、猟師が使った両刃鉈である。
作業順序は次の様になる。
①鋼材と軟鉄の鍛接、溶着。沸かし付け
②整形(入用に応じて必要な形を整える)
③焼入れ
④再び細部の整形
⑤磨き
①楢炭を3cm大の角切りにする。たっぷり用意する。
火床(ホド)の炭も送風機の穴を大にして火勢を高めておく。
望む形のための下ごしらえをした地鉄を左手に持った箸(ヤットコ)につかんで火床の中に差し込み加熱する。
加熱の具合いは「赤熱」をとおりこして鉄が白く輝くまで送風機で温度を調節するが、送風が強すぎると鉄が溶解して炉床に落ちる場合があるので注意。
赤めた(白めた)鉄を箸ではさみ金敷(鉄床)の上に持ち出してタガネではさみ込む部分に必要な長さの溝を切りつける。
柄になる部分には割りは入れない。
作業中、鉄の温度が下がると加工がしづらくなるので絶え間なく炭を加えると共に温度が下がって白色を失い赤に近くなってきた地金を火床に戻す。
2~3回繰り返して溝が切り上がったら、溝の中の酸化鉄(薄くペラペラとはげてくる)をヤスリの先などで取り除く。
溝に合わせた鋼材を用意しておき、硼砂と共に溝の中に軽く叩き埋めて、火床でさらに赤める。
赤める、という言葉を使うものの実際には白色を呈するまで加熱する。
この間、余り時間をかけてはいけない。
常に鋼材からの脱炭を気にしていなくてはいけない。
取り出したモノを鉄敷(鉄床)の上で速やかに鍛接する。
鋼材が十分に地鉄に喰い込んだことを確認してから叩き延ばしを始める。
その間加工物は火床と鉄敷の上を何度も往復する。
②刃先が思うように出ていることを確かめて、加熱しながら形を整えて行く。
槌使いが乱暴にすぎるととりかえしがつかなくなるので、低めの温度(800℃)位で火床から引き上げ、素早く優しく目的の形にして行く。
火造りは一端ここまでとし、グラインダーなどを使って余分な出っ張りを取る。
柄の部分など、不要な長さはタガネで切り取っておく。
③焼き入れには松炭を1.5cm角に小さく切ったものを使う。
楢炭や樫炭に比べて火が軟らかく、送風を止めるとそれに応じて火床の温度が下がるので火力の調節がし易い。
これらの事は一趣味人の私見とこだわりであり、現代の鍛治仕事はここまでややこしくない場合が多い。
炭もコークスに変わり、勘に頼っていた温度も温度計が発達したから可成便利にはなったが、それでも名人上手とそうでない者とが居るということは何を示唆しているのであろうか。
柄になる部分をのぞいて全体をまんべんなく赤める。
この場合には鍛接の時とはちがい白くなるまでにする必要はない。
必要がないというよりそこまで加熱してはいけない。
赤をほんの少し過ぎた、とはいえ白熱するまでには至らない辺り。
(昔は夏の晩方山の端に半分程度出た月の色といった)
780~800℃と思われる時、箸ではさみ出して鉱物油(常温)で急冷却する。
この時、油(または水)の中で箸先の加工物が生き物のように「ググッ」と震える。
鍛接された鋼が瞬間的に縮んで急速に硬度を増すからだ。
これを冶金学では「変態」というが、まさに一瞬にして様変わりするのである。
④焼き入れが済んでしまったら、モノは刃鉄の部分(鋼)は白身を帯び、地鉄は黒味を帯びている。
焼き戻しのためにもグラインダーと砥石で、ざっと荒磨きして鉄の元々の白色を出しておく。
⑤全作業中で一番大切であり、難しくもある焼き戻しは、焼き入れで硬くなりすぎた鋼を研磨しやすい硬さにまで戻す作業である。
これもまた諸先達が苦心を重ねて知り得たデータに基づき、今では焼き戻し温度が確定されており、温度計もある。
往時には火床の上に立ち昇る炭の焔の上方で、軽く磨いだ地刃が黄色身を越えることない温度域で20~30分あぶり直したものである。
あぶり過ぎて青みを帯びたモノは使い物にならない。
「なまくら」は書道の文鎮にもならないから、焼き入れ作業からやり直して元に戻す。
この失敗も何度と繰り返すことは出来ない。
火にくべ直しているうちに鋼材の炭素が脱炭してしまうからである。
脱炭を防ぐという意味からも、加工物の刃先の厚みは2mmを越えて薄くしてはならない。
さて、焼き戻しの温度である。
鉱物性の油の温度は、少々硬い刃にしたい場合、180℃位。
磨ぎ易さを求めるなら220℃位で25分から30分程油の中に漬けておいて引き上げ、そのまま自然放冷する。
⑥剣鉈の磨ぎは両刃であるため、左右どちらを基準面にしても良い。
切れ止んだ刃物同様、荒砥から始めれば良い。
磨ぎあがったら柄をすげて近くの山に這入って手応えのありそうな立木を剣鉈で両断してみよう。
その切れ味を感じてみよう。
ぼくは切れ長さのある切り出し小刀が必要のため高知の親戚に頼んで鋼材と地鉄を選んでもらい、扱う道具その他といっしょに送ってもらった。
鋼材は日立の白紙一号というのを使っている。
切り出し、バンカキ、槍鉋、山鉈など造ってみたが、失敗が多く一連の作業をスムーズにこなして満足出来るモノができたことはほんの数例にすぎない。
まことに難しくて炭で黒くもなるが、こんなに面白い仕事はないと思う。
自分ではもう探求の時間も余り無いので、若い人にどうか試してほしい。