前田純一さんの工房を見学してきました。


 

お邪魔した日:2012年7月13日

お邪魔した人:飯島正章、狐崎ゆうこ、花塚光弘、前田大作

 

 

 

 


 


前田純一さんの工房 飯島正章 記


前田さんの工房は松本市内ではあるが、町中からはかなり離れていて山をどんどん登っていく。

途中民家の全くないところを鹿と遭遇したりしながら走り抜けてようやくたどり着く。
工房は今まで見てきた中で一番大きいかもしれない、そして非常に美しい佇まいだ。
大変見晴らしのいい場所にL字型2階建て、そのロケーションと建物にあっけにとられてしまった。
敷地の端の方にはバックホー(重機)があった。

山の暮らしでは必需品でもあり、前田さんの趣味の乗り物でもあるらしい。
この工房で、お弟子さん3人と4代目の前田大作さんと共に仕事をされている。

工房の中を見せていただいた。
まず前田純一さんの作業台のある部屋。
入ってみて驚く。とにかく美しい。すべてのものが収まるべきところへ収まっている。
収納は引き出しが多く、露出している道具は比較的少ない。
その引き出し自体も美しく使い込まれている。
そして中を見せていただくと、それぞれの道具を置く場所がそれぞれに作られていた。
と言っても単に置き場所を決めているだけでなく、

たとえば小刀はその小刀が収まるようにその形にくり抜いてある。
違う引き出しには小鉋類がきっちり並べて置いてある。
あける引き出しどれもがきれいに整頓されていたが、

ある引き出しはヤスリや玄翁がバラバラとやや乱雑に入っていた。
少し安心したのでここで引き出し探訪は終わりにした。

工房内にある簡単な道具や治具、鉛筆立てや小物入れなども形にこだわって作られたのがわかる。
そんな中でも僕がいいなと思ったのは、油壺。
木工をやる人なら必需品の油壺、竹の筒を利用して作る人も多い。
前田さんのは竹筒は竹筒だが本煤竹の竹筒だ。
おそらく油壺の油が染みついているのだろう、煤竹の紫色がとてもいいツヤになっている。

そして割れ止めに巻いてあるたこ糸も、漆を塗ってあるのだろうか黒くいい色になっている。
詰め物はたこ焼きなどで使う「油引き」の束ねた紐の部分を利用してるとのこと。
ぼくも煤竹が手に入り次第作ってみようと思う。

前田さんは江戸指し物師3代目だそうである。
初代は伊豆から東京へ、2代目は鎌倉へ、3代目の前田さんは松本へそれぞれ移転している。
東京にいたときは、材料は材料屋へ買いに行けばよく

自分で手持ちの材料を用意しておく必要はなかったそうだ。
指し物に必要な金物などをあつらえで作ってくれる職人さんもいて、良かったとのこと。
前田さんはこの金物職人さんとおつきあいできた最後の世代らしい。
これは大きな財産であると同時に自分でも金属を扱うきっかけにもなっている。
そして時代の流れで木工機械などを使うようになると、

やはり東京では仕事がやりづらくなって当時はまだまだ田舎だった鎌倉へ移った。
ところが鎌倉もだんだん街になっていき、仕事で出た端材などを

燃やすこともできなくなってきたので、松本へ移転してきたとのこと。
昔の仕事の様子や、先代、先々代の話を聞かせていただけるのは非常に興味深く楽しい。

前田さんはデザインの学校を卒業した後オフィス家具を制作する会社に入社した。
しかし量産家具を作ることの様々な点に疑問を抱き退社、家業である江戸指物の道に入った。
2代目に弟子入りするというような堅苦しいものではなく、

家業の手伝いといった感じで自然に技術を身につけていったようだ。

前田さんの作品の特徴は、なんといっても金属をよく使うことだと思う。
それも取っ手や蝶番のみならず、いすやテーブルの構造材として鉄を使ったりする。
そうなるともう鉄工所の仕事のようだが、

それもそのはずで前田さんの工房にはしっかりと金属加工の部屋がある。
溶接機などにしてもアーク、アセチレン、アルゴンガスとそろっていて、

ほんとの鉄工所のようである。

前田さんは金属の中で鉄が一番好きだとのこと。
銀などは素材としては高価だが柔らくて加工がしやすい。
ところが鉄は素材は安価だが硬くて加工が難しい。だから逆に高級品といえる。
ぼくも鉄は結構いいなあと思う。
きれいに研いだ刃物の肌も美しいし、錆びてボロボロになった古釘などもいい味が出ていて、

捨てがたくなることもある。

木の匠たち展の中で気になる人は村上さん。
ウィンザーチェアに惚れ込んで,一筋に貫き通したことが尊敬できる。
自分は浮気者なのでとてもできないとのことでした。

思い入れのある道具は、ミュージックボックス。
「何も入れない箱だよ。」と謎をかけられ、何だろうと思っていた。
ひと言で言ってしまえばスピーカーボックスだったが、

やっぱり前田さんが作るものはちょっと違った。
いくつも作ったとのことだが今回見せていただいたのは、見た目がサイドボードのタイプ。
スピーカーは内蔵されているけれど外からは見えない。

両端の開口部についている反射板に反射されて音が出てくる。
現代のキャビネットと言われていたが、こんなキャビネットから音が出てきたら

ほんとにかっこいいと思った。

前田さんは物腰が柔らかくて静かな感じだが、

かなりアンチメジャーで強い反骨精神も持っているように感じた。
普通じゃおもしろくない、同じじゃつまらない、というようなことを何度か口にされた。
確かに展示会ではいつもユニークなものを見せていただいてる。
今回の展示会でもまた新たな刺激をいただきたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 


前田純一さんの工房 狐崎ゆうこ 記


 前田さんの工房には、いろいろなものが混ざり合っている。
 
 松本なのに山の中、とは聞いていたがその通り。周囲には廃屋が多い。

工房の隣のログハウスは60年前に開拓者が建てたもので、今はネズミたちの巣。

でもその横には真新しい家もある。
 前田さんの工房も手作りだ。住宅兼用で、工房部分だけで3×13間もある。

屋根が高くて板壁なので、一見校舎風。

しかしその壁は途中で途切れ、なぜかコンクリブロック造りに。

荒々しさはないが迫力のある建物だ。

 中に入るとすぐに我々一行は若いお弟子さんたちに紹介された。

ここには住み込みの人を含め3人のお弟子さんがいるのだ。

「スタッフ」は珍しくないが、木の匠メンバーで「弟子」がいる人は初めて。

みなさん礼儀正しくて、お互いに照れながらごあいさつする。

 整然としたその部屋は3×3間くらい。前田さん専用の場所だ。

一方の壁に鉋、鋸などの手工具が掛けられ、あと二方にはきれいな抽斗が並んでいる。

中には鑿などの他、皮やステンドグラスの道具も入っている。

素材は木だけにこだわっていない。

 隣が機械室。3×2間くらいと狭いので、やや機械はあふれ気味。

糸鋸は玄関前に、昇降盤は前田さんの部屋にある。みんな結構古そうだ。

壁にはハタガネ。ここは私にはおなじみの風景だ。見上げると桑の薄板がずらり。

昔使っていた材料だという。高級材らしく、大切に保管されている。

 次の部屋はなんと鉄の加工場だ。ここから壁はブロック造り。

鉄パイプなどを切ったり曲げたりしているようだ。ガスボンベも置いてある。

隅にはちょうど製作中の椅子のフレームが重ねてある。

お年寄りのカルチャースクール用だという。

見慣れない道具が並んでいるからか、ちょっと殺風景な感じがする。

 彼は以前は伝統工芸の世界の人であった。

鎌倉の工房でお父さんとともに硯箱とか茶道具とか精巧な箱物を作っていた。

しかし更にさかのぼるとオフィス家具の設計者であった。結構出世もしていたらしい。
 37歳のときに静かな環境を求めてお弟子さんと共にここに移転した。

独学で椅子も作り始めた。
「箱物は現代ではあまり必要とされていないが、椅子は生活に絶対必要なものだ。」
「今は鉄に夢中。しなったり、作りながら角度を変えたりできることが面白い。」
「自然に還る形、美しい形が大切」

 さまざまな経験を経てきた彼の主張が強く伝わってくる一方、仕事場の様子は多彩だ。

そこは前田さんの興味の趣くままに古いものや新しいもの、

そして色々な素材が渾然一体となった場所であった。


●こだわりの道具は何ですか?
ミュージックキャビネット。
「ここに入れるのはCDなどの物じゃない、音が入るんだ。」
スピーカーとかアンプとかを収めた箱のこと。作品としても作っている。

音楽の道具を挙げた人は初めてだ。

前田さんは音楽が大好きで、工房の天井にも取り付けて音楽を流している。

●「木の匠」展の中で、気になる人、気に入ったものはありますか?

どんなところが気に入りましたか?

気になる人は村上さん。

「自分はいろいろな分野に手を出している浮気者だが、

村上さんはウインザー家具一筋に打ち込んでいたから。」