匠たちのリレーコラム #10

「君の椅子」2014について 谷進一郎

 

北海道の旭川周辺の町で「君の椅子プロジェクト」という取り組みが行われているのをご存知でしょうか。2006年の始まりは東川町だけでしたが、現在は五つの町でその年に生まれた全ての子どもたちに、町が予算を組んで小さな椅子を贈っています。

出生率が減少し、子供たちが大切にされない暗いニュースが続いた時に、小さな町で誕生した命を皆で祝福し、子供たちの居場所を届けたい、という発案でした。

東川町は木工の町でしたから、優れた作り手が製作を担い、建築家で家具デザインもする中村好文さんが協力を申し出て、デザインを提供してくれたそうです。

それ以来、毎年地元の制作担当は替わり、デザイン担当も交代して続けてきました。

全ての「君の椅子」には贈られる子供の名前を刻印してあるので、大きくなって座れなくなったとしても、自分の誕生を地域の人が祝ってくれた椅子の意味に気づく時があるでしょう。

この活動が少しずつマスコミなどでも紹介されてくると、その趣旨に共感した全国の人からも子や孫に椅子を贈りたいという問い合わせが増えてきたので、「君の椅子倶楽部」に参加するという形で、この椅子を新しい生命に贈り届けることができるようになりました。

3年程前にこの活動を知った椅子研究家の島崎信先生は、これまで様々な「椅子」に関わって来たが、この様な社会活動のプロジェクトは歴史的にも世界的にも初めてことだと評価され、勝手連と自称して応援されています。

 

旭川大学の「君の椅子」プロジェクトのサイト

http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.html

 

私は「君の椅子」の存在は雑誌などで紹介されて知っていましたが、2012年には島崎先生の企画した小海町高原美術館の「世界のこどもの椅子展」で展示され、また、その年は知人で軽井沢の木工家の出光晋さんがデザイン担当でしたので、より近しいものになっていました。

そして2013年の「木工家ウィークNAGOYA」の講演会を島崎先生にお願いしたところ、先生から「君の椅子」の展示を提案されまして、講演会場と椅子展の会場にこれまでの9脚の「君の椅子」を並べて展示して、来場された皆さんに見てもらうことができました。

 

そして、昨年秋に、私の所へ電話がありまして、2014年の「君の椅子」のデザインを私に担当してもらえないか、という話がありました。

これまでの9脚の君の椅子のデザイン担当は、中村好文さんをはじめ、人気のデザイナーやアーティストであったり、出光さんなど若い世代の方たちが務めてきました。

自分でも椅子の制作はするけれど、デザイナーとしての経験もないような私で良いのでしょうか、とお返事しましたが、結局デザイン担当をお引き受けすることになりました。

 

「君の椅子」のデザインを担当する、ということになってすぐに思い浮かんだのは、27年前に私の娘の誕生に合わせて作った「子供イス」でした。

その時には、家具づくりを生業としていて子供を授かったのですから、可愛い娘のために是非椅子をつくりたい、と思ったわけです。

その「子供イス」のデザインする時の参考にしたのは、その暫く前に入手した「アフリカ・コートジボアールのゲレ族の椅子」でした。

「アフリカの椅子」として紹介されている椅子の多くは木の塊を彫った「腰掛け」状ものが多い中で、数少ない背のある「椅子」状のものでした。

この椅子の座面高は10センチくらいで、脚がとても短いのですが、子供用の椅子ではないようです。

そして後ろ脚と背柱が一体になった面白い構造でしたので、この椅子を参考にリ・デザインすることにして、同じ様に座面高10センチで、角のない丸みのある形にして、欅材を使い拭漆で仕上げました。

私は娘が1歳の誕生日を迎える頃には、待ちきれなくて一寸座らせてみたりしていました。

娘が2歳になる頃からは、家の中であちこちに自分で持ち運んで、遊んだり、絵本を見たり、お菓子を食べたり、いつも座ってくれるようになりました。

私は前述の自分の経験から、親はわが子が座っている姿をできるだけ早く見たいものだと思っていましたし、娘が使っている様子を観察していて、座面高が低いと安定してころびにくく、アームがなくても大丈夫だと思ったわけです。

娘は小学校に上がっても暫くは「子供イス」に座っていましたから、体の成長によってはアームがあるとかえって邪魔になるとも思いました。

 

その後は、これをさらにリ・デザインした「子供イス」を工房の定番品として制作し,販売してきましたが、一脚ずつ作るのはとても手間もかかり、価格も高めになるので、最近ではあまり作らなくなっていました。

 

「君の椅子」をデザインするには、この「子供イス」をリ・デザインすればできるのではないか、と一寸安易に考えていました。

そこで私が考えた「君の椅子」2014の造形的なコンセプトは以下の様にしました。

 

● 子供が座っていなくても、座っている子供の姿を彷彿とさせる愛らしい形にする。

 

● 室内であれば子供が自分で持ち運べる重さになる様にできるだけ軽く作る。

 

● 子供が思いがけない使い方をしても壊れない構造をもつこと。

 

● 子供が角で傷つかないやさしい形や面の仕上げをする。

 

● 子供が小さなうちは座る時に後ろ向きに腰を下ろすことに不安があるので、横向きに座って前に向き直る。

 

● 子供が成長して体格が変化しても座り心地の良い曲面の座面にして、邪魔になるアームは付けない。

 

● 子供が満1歳位になれば、椅子に座っていられるようになるので、その体格に合わせたサイズにして、座面高はこれまでの「君の椅子」で最も低くしてある。

 

ということで、図面とサンプルの「子供イス」を用意して、2014年1月、厳冬の旭川に向かいまして、「君の椅子プロジェクト」の代表の磯田さん、今年の制作を担当する東神楽町の木工家・菊地聖さんと北海道を代表する家具メーカーの匠工芸の桑原義彦さんたちとの打ち合わせに臨みました。

そこで、私の工房の「子供イス」も見てもらいながら、原案として座面高13センチとして、私のデザインの特長を残しながらよりシンプルにしたデザインを提案しました。

これまで作られた「君の椅子」は座面高が平均すると20センチ位でしたから、提案したデザインの印象はこれまでとは一寸違うものでした。

これに対して、私と同じ木工家の菊地さんは、低いのも良いねえ、といってくれましたが、他の関係者は、これまでに比べて座面が低い、あるいはサンプルの「子供イス」を持ってみると一寸重いね、という反応でした。

いうまでもなく「君の椅子」のデザインを担当する、ということは私個人の作品を作ることとは違いますから、発注者である「君の椅子」プロジェクトの意向やこれまでの流れを尊重することが優先されますので、座面高はこれまでの平均と同じ20センチにして、脚の太さも一回り細くすることにしました。

座面を高くする、ということは子供が座れる時期も1歳位から、というより2歳児に適した高さになるわけですので、座板も一回り大きくしました。

 

しかし、そのデザイン変更で新たな問題が出てきました。

座面を高くするとそれだけ不安定になって、姿勢が定まらない幼児では椅子に座ったまま倒れやすくなると思いました。

また前脚は座板に丸ホゾで入っているだけですので、大人しく座っていない幼児の場合、子供の力とはいえ脚の先に負荷がかかると付け根にあたる丸ホゾがゆるんだり抜けたりしないで保つかどうか心配になってきました。

そこでまず倒れにくくするにはどうしたら良いのかと考えて、後ろ脚を垂直ではなく7度ほど前に傾けるようにしました。

座板の脚の丸ホゾは、表に貫いて割楔で固定するのが、椅子づくりの常道です。

そして、安定感を求めれば座板の脚の穴の位置をできるだけ端に近い位置の方がいいですが、端にいきすぎると、穴と座板の周囲との距離が少なくなって割れやすくなってしまいます。

脚を「ころばせる」といいますが、少し角度をつけて接地位置を広げることで解消する場合もありますが、垂直の脚のデザインはこの椅子の特長でもあると思いましたから、変更したくありません。

それで、制作者の方からの提案で前脚の丸ホゾは座板の表まで貫かずに途中で止めて、座板の横から6ミリの太さの丸棒を座板と脚の丸ホゾを一緒に貫通して挿入し補強して接着固定することにしました。

 

このように打ち合わせた内容にもとづいて書き直した図面で菊地さんに1脚試作してもらいましたが、出来上がりを見て、これでは座板が大きくないだろうか、という意見もあって背や脚の大きさや位置はそのままで、座板の外周を5ミリほど削って形を絞ることにしました。

後脚と背柱を7度傾けた結果、笠木と背柱の丸ホゾの仕口もかなり際どいものになって、加工する時には精度と慎重さが求められるようになりました。

 

わかりにくい細かな説明になってしまいましたが、要はデザイン作業とは問題があって一カ所変えるとそこは解決する一方で新たな問題が発生し、それを解決するためにまた変える、といった作業の積み重ねともいえるものだと今更ながら実感したわけです。

私一人で考えて作るものであれば、自分が納得しさえすれば、変えることも変えないことも、もっと簡単に決められるわけです。

それでも「君の椅子」の趣旨に賛同してデザイン担当した私も制作担当した方たちも子供たちのためにより良いものを作り上げよう、という気持ちは一致していますので、やりやすい方だったのかもしれません。

デザイン担当としては形が決れば、お役御免といえますが、制作担当の方たちは、「君の椅子」の制作を本業の家具制作のスケジュールを考えながら合間に入れたり残業したりしてこれから1年間制作を続け、それぞれが150脚ほど制作する予定ですから、あまり際どい加工をしたり、手加工や手仕上げが多くなっても、納入単価の決まっている場合には、ロスが出たり、時間がかかり過ぎるのも負担になってしまうわけです。

 

私にとってもデザインのオリジナリティを保ち、手仕上げの良さを生かしながら、機械加工を増やし省力化することでコストを抑える、その辺りのバランスを考える、という良い経験になりました。

 

「君の椅子」2014は最初の椅子が出来上がり、4月25日に旭川美術館で参加5町の町長と贈られる子供たちと両親など、関係者が一堂に集って記者発表されました。

その後、4月から5月にかけて、長野市のギャラリーで開催される「信州の木の椅子50脚展」の会場でも、2014を含めた「君の椅子」を展示しましたが、折角長野市で展示するので、長野県在住で「君の椅子」のデザインを担当した、三谷龍二さん,出光晋さん、と私の連名で「君の椅子」プロジェクト信州の会を名乗って、その趣旨と展示の案内を長野県内の各方面に発送しました。

この展示でも様々な反響がありましたので、再び長野県内などで展示して理解と関心を広めていければと思っています。

 

「君の椅子」プロジェクトについては、これまでの関係者を取材して回ってまとめた本が現在制作中のようですが、私は「君の椅子」2014の記者発表にも参加して、改めてこの10年の「君の椅子プロジェクト」に関った多くの人々「想い」と、これからも続けていきたいという「想い」を受け継ぐことが一番大切なことだと思いました。

それは生まれた子供たちの親や祖父母などの家族の愛と地域で生まれた子供たちを大切にしようという想いを受け継ぐことでもあるわけです。

贈られた「君の椅子」が、まずその子供の成長に寄り添って使われると良いですが、さらに受け継がれて次の世代にも使われたらもっと素敵だと思います。

椅子に使われる木は、豊かな森から産出された材木を受け継いで、暮らしの中に役立てるものですが、使い捨てずに大切に受け継がれることは、豊かな森を受け継ぎ、自然と共生する暮らしを受け継ぐことにもなるのです。

私は木工の仕事を始めて40年になりますが、今積極的に関っているのは、過去から未来への木工文化の流れの中で、私が先達から受け継いだものを次世代に渡すことです。

様々な「想い」や「愛」、「自然」や「暮らし」、「文化」や「技術」それらを受け継ぐシンボルが「君の椅子」である、思っています。

 

 

君の椅子2014

27年前に娘に作った子供イス

工房で定番で制作していた子供イス

私の所蔵しているアフリカのコートジボアールのゲレ族の椅子

「椅子を持ってダンスをする娘たち(1956)」African Seatsより

君の椅子2014モデルの発表会を伝える朝日新聞の記事

長野市での「君の椅子プロジェクト」の展示の様子